こんばんは。けんちゃんです。今回は朝井リョウの「何者」を読みました。就活生の物語で、自分が就活をしていた時のことを思い出す事ができました。今の会社に入った動機やきっかけを思い出す事ができました。自分がなんでこの会社で働いているかわからなくてモヤモヤした時に読むといい本だと思います。
「スーパーに入り、買い物をする。それぞれの品物がおおかれている場所はもうわかっているので、まるで星と星を繋いでいくように、俺はスーパーの中を慌ただしく動く。俺が歩いたところを線で繋いでいけば、『一人暮らし』という星座ができそううだ。」p20ぼくもスーパーで買い物をするとき、買う食材が毎回同じため、もう道順が決まっている。同じ状態であるのに、「それが星と星を繋いでいくようだ」と感じたことは一度もなかった。この本を読まなかったら、一生感じることはなかったと思う。すごい感覚だと思った。自分の行動を客観視して、その行動を何か比喩で表現するというのも面白そうだ。
「たくさんの品源が同じスーツを着てm同じようなことを聞かれm同じようなことを喋る。確かにそれはこh人の意思のない大きな流れに見えるかもしれない。だけどそれは、『就職活動をする』という決断をした人たち一人ひとりの集まりなのだ」p88自分はなぜ「就職活動をする」という決断をしたのだろうか。その動機を思い出そうとすると、父の顔が浮かんでくる。父には幼い頃から、「いい大学に行けるように勉強しなさい」と言われてきた。だが、大学受験の結果は満足のいくものではなかった。理系の私立の大学に通うことにしたので、学費がとても高額だった。父にはらってもらった。その負い目がぼくを「ネームバリューがつよい会社に就職したい」と思うに至った要因だった。いきたい大学を考える時と同じで、いきたい会社を考える材料がネームバリューしか思い浮かばなかった。これだとまたうまくいかないだろうなと思いながら、就活をしていると何個か内定をいただけることはできたが、自分が満足できる会社からは内定を得ることはできなかった。自分の結果に満足する事ができず、大学院に進学することにした。今度は自分の本当にしたいことを見つけたいと思った。満足できなかったのは、自分がしたいことがわからないまま就活をしたからだと思った。大学院の生活で自分の好きなこと、したいことを見つける事ができた。だが、就職したのは全く関係ない会社だった。全国転勤がしたくて、リモートワークがしたかったのでIT企業に就職したいと思った。
「また、思わず零れそうになった言葉を飲み込む。俺には、そういうことを言っても許されるような何かは、きっと、ない」p193自分にもないと思う。自分が何か言うと冗談でなくて、本気のことだと思われてしまう。「君が助手席にいると駐車するのに緊張してしまう」とか「顔が無表情すぎて何を考えているかわからない」と言われることがあった。人を緊張させてしまう顔をしているらしい。そんなぼくが少しでも辛辣なことを言ってしまったら、相手を傷つけてしまう。だから気軽にいじる事ができない。優しい言葉でしか接する事ができない。たまにきつい言葉でからかいあって楽しんでいる友人を見る。その関係が羨ましく思える。でも自分はをそう言うのは向いていないんだと思う。優しく接し合える関係を作っていきたい。
自分が普通だと思っていることも、普通ではない事がある。
自分のやっている過程を自慢げに人に話すのは、気持ちが悪いと感じた。それは努力そのものよりも「努力している自分を見てほしい」という承認欲求を主な目的だと気づいた時に感じるのだとわかった。自分が過程を褒められずに結果だけで判断されてきたため、嫉妬心のようなものを感じているのかもしれない。だから自分は筋トレが好きじゃないんだ。筋トレをする理由は「女性にモテたいから」と言うことしか想像できないことも影響している(とんだ偏った考えなのだが。他にも健康のため、筋トレする事自体が好きだと言う人もいるだろう)。だから、ぼくは筋トレをしない。承認欲求のために行動するのが嫌いなのだ。じゃあなぜぼくは文章を書くのか。お金が欲しいからなのか、生きてきた証を残したいからなのか、書く事自体が好きだからなのか、今はまだはっきりしない。自分が頑張っているアピールをSNSで発信したり、友人に話すのはやめたいと思った。やったことを黙々と伝えていこう。やっぱり伝えるのはやめよう。自分の中だけで楽しもう。
「なんかもう、今までみたいに、自然に名前が変わることってないんだなと思っちゃってさ」p281ぼくも同じことを考えた。これまでの人生で、最長でも六年経てば小学生から中学生になり、大学生から社会人になったが、これからはずっと社会人だ。そう思うと、暗い穴の中に落っこちていくような感覚になる。それがとても嫌だ。今まで通り名前を定期的に変えるには自分から動くしかない。新婚、パパ、孫これもまたスパンが長くて気が遠くなってしまう。このような区切りがないから、時間があっという間にすぎていってしまうように感じてしまうんだと思う。今まで以上に行動するしかないのだ。就職する直前までは、将来が定まらないことへの不安で悩んでいたが、今は将来がほとんど決定してしまったつまらなさに悩んでいる。どっちみち満足することはないんだ。もしかしたら、十年契約だったら満足したのかもしれない。そう思うなら、自分の中で勝手に区切りを作ってしまおう。十年後には今の仕事をやめると思って生活していけばいいんだ。十年経った時には、収入を下げたくないと思って行動できなくなっているのが目に浮かぶが
人生の区切りを自分で設定することで、退屈を感じないようにしたい。そのために10年後に今の会社をやめるという考えを持っていたい。しかし、今はそんな考えができるが、10年後は収入が上がっているため、仕事を辞めることが嫌になってしまうと思う。どうしたらいいのかな。脱出資金を作る。昇給によって収入が増えたら、生活水準を上げるのではなく、増えた分の収入を「10年後に仕事を辞めても良い」と自分に許可を与えるための専用資金として貯蓄する。十年後子供がいた場合に、自分が会社を辞めると言う決断はとてもじゃないけどできなくなってしまうだろう。それで仕事に拘束されている感覚に陥ってしまう。⭐️四日全力で働いて、一日は会社で遊ぶと考えたら、ものすごく集中できるんじゃないか。三百万円あれば、心に余裕を持って子供を育てる事ができる。まだ自分は家庭を持つ心の余裕がないな。
全体を通して、主人公の恋模様にも興味を持っていたが、詳細に描かれることはなかった。切ないから思い出終わるのだろう。読み進めている間、さまざまな登場人物がいたが、主人公だけが痛くない正常な人物だと思っていた。だが、最後の方で、主人公も偏った考え方の持ち主であることがわかり、裏切られた。だが、誰の心にも生じてしまいそうな感情で、ぼくも共感できるところがあった。一番自分が客観視でき、冷静に状況を判断できていると思っている、が実際はそんなことはない。⭕️反省原文を書いておかないと、ベッドの上で関すを各機になかなかならない
