こんばんは。けんちゃんです。今回は角田光代「平凡」を読みました。恋愛、結婚、別れ、後悔について書かれた短編集です。色々な関係性の男女が登場し、その行く末を見学することができます。自分は女友達と喧嘩別れをしてしまったことに悩んでいたのですが、過去に戻りたいと思ってもしょうがない、その過去があったから今の自分がいる、今の自分で、できることをやって今をよくしていこうと思うようになりました。過去に戻りたいという気持ちに押しつぶされそうになって悩んでいる方にいい本だと思います。人生の分かれ道をすぎて、なお選ばなかった「もし」に心揺れる人々を見つめる六つの物語。ひらがながおおく、優しいイメージの文体でした。
①「なんというか、そういう、今持っているものじゃないものばっかり追いかけている行為が、おれは甚だしく嫌いってこと」角田光代「平凡」p33
まさに自分も今持っているものじゃないことを追い求めてしまっている。仕事を「夢を叶えるための道具」、「生活費を稼ぐためだけのもの」だと思うようにし、夢を追いたいと思っている。しかし、今の会社に入社したのは自分の意思や、運、出会いであるはずなのに、疎かにしていいのだろうか。仕事にも全力で取り組むべきじゃないのか(決してテキトーにやっているわけではないが)。そして、自分の夢を友人に話してしまうことが多くなった。だが、この文章を読んで、自分の大切な夢は、外にひけらかさないようしたいと思うようになった。
②「だれかを許さないと決めることはひどくおそろしかった。許さないと言ってしまえばずっと許さないことになる。その誰かもまた、ずっと許されないとことになる。そんな重苦しいものを背負って自分も誰かも生きて行くことになる。そんなのは嫌だ、と、大人になった今にすればそんなようなことを、6歳のヤスハルは思ったのだった」p90
許さないで恨み続けることは、とても疲れることだと思う。ぼくの両親は、過去のことをずっと引きずって、許しあっていないように見える。許さずにずっといるというのも愛が強い、いつまでも繋がっていたいと思っていることの証拠なのだろうか。女友達がぼくのために誕生日プレゼントを買ってくれていたのに、ぼくの機嫌が悪くなってしまい、彼女からのプレゼントを受け取れなかった。喉から手が出るほど欲しかったのに。彼女のプレゼントを渡さないという決断は、どんな考えをした結果なのだろう。ぼくにはわからなそうだ。
③「別れた男が不幸になって欲しいか、しあわせになってほしいかって話」p124
ぼくはしあわせになって欲しいと思う。しあわせじゃなかったなら、ぼくでも良かったじゃないかと思ってしまうからだ。フラれた男は相手の幸せを願うしかないということもあるのではないか。悲しいがそれしかできない。
④「今の日々が充実しているとブログで知らせたいのは、別れた男でもその原因の女でもない、『もし』で別れた、選ばなかった私自身だ。無数にいる、今の私とは違うところに立っているだろう『私』のだれよりも、私は今、しあわせでなければならず、私に選ばれなかった幾人もの私に、負けたと思わせなければならないのだ。そうしないと今を否定しそうなの」p135
ぼくは好きな人に振られてしまった時に、「もし付き合うことができた時には、自分のことは二の次にして相手のことを最優先にしよう」と考えていたのだが、予定が壊れてしまった。その時に、自分のことに集中することが運命なんだ、とまだ自分のやりたいことを全力でやりなよと神様が言ってくれているのだと感じた。だから、どうせ一人なら恋人ができるまで全力で一人の時間を充実したものにしたいという気持ちが強くなった。今頑張るのは振られてしまったことを正当化するというか、振られて良かったと思えるようにするためである。選ばなかったもしもの自分に負けたと思わせたいとは思わない。どの選択肢でも結局どうにか幸せを感じることができると思っている。だから、その瞬間は辛いがどうなってもいいのだ。
⑤「だからね、ひとつひとつつながるのよ。おもしろいよね。あなたに結婚してもらえなくて、何かやろうって決意して、次の人に料理けなされて、よし、やってやるってなって、って、つまり続いていくわけよね。ひとつなければ、次の一つもなくて、そうしたら、またぜんぜんべつのところにいってるんだなーって、しみじみ思うのよ」p171
今の好きな人にで会う前は、遠距離恋愛が良かったし、連絡もたまにで良かったし、寝落ち電話なんてしたいと思わなかった。しかし、今は好きな人と毎日一緒にいたいと思うようになった。次に好きなった人の影響でまた距離感を保った恋愛をしたくなるのかもしれない。どんどん変化していく、ひとつひとつが自分に影響を与えている。
⑥「何もないに決まってるだろと鉄平はいうが、でも、心の中では、友人に聞いてあの引き戸を開けたとき、また新たな一歩を自分は踏み出したのだと思う。それがどこに自分をあるいはみのりを連れていくのかわからない。正解も不正解もないどこかだろうということだけ、わかる」p175
自分だったら、好きだった人が経営している居酒屋に入ることはできない。恥ずかしいし、一人でどんな顔をして飲んでいればいいかわからないからだ。まず一人飲みをしたことがないからハードルが高いのかもしれない。未練たらしい行動でも行動を起こすことで何か新しいことが起こる。正月になったら、好きな人を遊びに誘ってみよう。
⑦「息子は二十三歳で働き始めて一年目だった。高校の時は悪い時期もあったけど、大学行ってからはわりとちゃんとして、就職して初めてのボーナスには私と夫にお鮨をおごってくれたのよ」p238
ぼくも両親に何か買ってあげないといけない。「あげなくては」であって、「あげたい」ではないところは自分の幼稚なところではある。両親に迷惑をかけたとか、育ててもらったという感覚を持つことができていない。逆にたくさん迷惑をかけられたと思ってしまっている自分がいる。上司に相談していると「私も父親と全く話さないよ」。私が「よく世の中の後悔したことの中に親孝行ができなかったとが挙げられるじゃないですか」というと「私は後悔しない」と言い切っていた。ぼくも共感できた。今から親孝行できなくても絶対に後悔しないと思い込んでいる。それは今までに十分やってきたと思っているからだ。ぼくのわがままを聞いてもらってきたというよりも、メチャクチャに動かれてぼくがが本音をいう機会が与えられなかったと思っている。この考えは悪いものなのだろうか。最低限の礼儀を義務として解釈し、しっかりとこなそう。そうすれば、相手から責められることもない。〈誕生日、母の日、父の日、正月などは、悩まずに定番のものを送る。花、酒など。世間一般の親孝行の基準をクリアしておくことで、将来の自分に対して「あの時、最低限のことはやっていた」という免罪符を手に入れることができるGeminiから引用〉。そうか、花を買うにしても自分も欲しいものを買いにいくと思えば、行動するきっかけになる。本が好きだから、本屋さんに行ったついでに、母の英語の勉強するものと、父が好きそうな食べ物の本を買っていこう。母は花が好きだから、自分も欲しい造花を買おう。〈世間一般の基準というのは、誰か一人の偉人が作ったものではなく、長い時間をかけて積み上げられた「社会を円滑に回すためのシステムのようなものである」〉ばあちゃんには手紙を書こう。おばさん一家には漫画を買おう。自分も読んで見たい漫画を買えば一石二鳥。このような考えで親孝行をしていきたいと思う。
まとめ
今回は過去への後悔。ああしておけばどうなっていたのだろうという、誰もが感じる共通の疑問いついて。生きることが先を切り開いていくとお感じた。ポジティブに生活できるようになった。今を生きるしかない。親孝行の手段をしっかりと固めることができたのが、一番の収穫になった。
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