小林秀雄 読書についてを読んだ

こんばんは。けんちゃんです。今回は小林秀雄「読書について」を読みました。批評家であり、批評の神様と言われた人のようです。作品を読んだことがないので、凄さはまだわからないのですが、読書の仕方について大変勉強になることがたくさんありました。全集や文学賞受賞作品を読むきっかけになった本です。読書の仕方について悩んでいる方におすすめの本です。

「毎日座っている椅子がどんな形をしているか、はっきりと見定めている人など殆どいないでしょう」p86確かに椅子をまじまじと見ていないことに気づいた。ただ役割としての座れるということだけにしか注目していなかった。椅子を観察してみた。赤い座布団が乗っている。木でできている。部屋の雰囲気とよくあっている。今まで感じることができなかったことを感じることができた。心がけ次第で見るものからの感じ方がガラッと変わることを実感することができた。椅子といえば、なぜこの漢字なんだろう。〈木でできた、寄りかかることができる道具という意味だった。子という漢字は名詞の後ろについて、持ち運びできるもの、愛着のあるものを表す記号である。帽子、扇子、冊子など。〉ぼくは物書きを目指しているから、見たもののデザインというよりも、名前の由来や、その物から連想される事柄について注目できるようにしたい。「言葉には意味もあるが姿形というものもある、ということを心に留めていてください」p93小学生の頃、月という漢字がとてもかっこいいと思って、何度もノートに書いていた。文字のバランスが好きだったのか、単純に月自体が好きだったのか、なんとなく寡黙でスマートなイメージを持っていた。太陽をかっこいいと思う感覚はなかった。その時から自分は陽気ではなく、陰気な性格をしていたのかもしれない。他に好きな言葉は、青春、情熱、恋愛、意志、などがある。言葉の意味というか、そこから連想されるものももちろん好きなのであるが、見た目自体も好きである。詩を作る人はすごいなと思う。凄まじい美的センスを持っているのだろう。まだ、好きな詩に出会うことはできていない。もっと文字に対する修行が必要なようだ。〈詩をメッセージではなく、音や景色だと思う。どんなことを作者は伝えたいのかと考える必要はない〉ぼくは意味とか正解とか学ぶことばかりを考える、打算の脳が働きすぎるようだ。単純に音として楽しむことなんてまだできない。音楽に関してもそうだ。歌詞が意味の通っているものでないと好きになれない。なんのために曲として表現しているのだと思ってしまう。意味を理解できないなら、ほかの動物でも楽しめるじゃないかと思ってしまう。プライドが高いのかもしれない。だから、自分の人生に意味があると思い込まないと生きるのが無意味に感じてしまう。そうならないために文章を書いている。もっと感覚的な要素を自分に取り入れてみたいと思った。「そして、優しい感情をもつ人とは、物事をよく感ずる心を持っている人ではありませんか」p97確かに同期で自然とか細やかなことに感動できる人はとても優しい雰囲気を醸し出している。実際に付き合っていると、意外と打算的で汚いところもあるが、根本は優しい人だと思う。ぼくも彼のようになりたいと思うところがたくさんある。①いつもニコニコしている②相手に緊張感を与えることがない③整理整頓ができている④部屋が綺麗、観葉植物や部屋の壁紙にあった色の家具をたくさん持っている。これら全てのことがぼくは全然できていない。今からできること、日頃から表情をもっと明るくする。百均で造花を買う。部屋を綺麗に保つ。使ったらすぐに元の場所に戻す。

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