阿刀田高「夜の旅人」を読んだ

こんばんは。けんちゃんです。今回は阿刀田高「夜の旅人」を読みました。

この本とは偶然開催されていた、新橋の古本市で出会いました。その日は雨が降って降り、時間をかけて本を選ぶことはできませんでした。そこで、裏表紙の「惚れ込んだ文豪の事績蒐集に全力をそそぎこむ主人公」という文章に惹かれ、この本を買うことにしました。本当に買ってよかったと思いました。こんなにも感動する本がまだこの世に存在しているのだなと思いました。

特に有名な本ではないと思うのですが、自分にとってはバイブルになりそうな素晴らしい本です。新橋に来なければ、この本と出会えなかったと考えると、恐ろしい気持ちになります。この本に出会わないで死んでしまうのはもったいないです。

主人公の粉川はドイツの文学者ゲーテに心酔しています。そして、自分でゲーテ図書館を作ろうと固い決意をします。そして、自分の目標を達成するために戒律を設定します。実現するまで故郷の地を踏まない。他人から経済的援助を受けずに自分の力だけで実現する。行動は太陽のように堂々と独り行く。など、ぼくの心にも響くものがありました。ぼくも彼を見習って、夢を実現するためにを設定したいと思うようになりました。

自分の夢に向かって進んでいこうとしている人におすすめの本です。

彼は自分の夢を実現するために仕事にも全力で取り組みました。彼の取り組み方がぼくの会社員生活にも良い影響を与えてくれました。読む前よりも前向きに職場に行くことができるようになりました。事業を運営することのカッコ良さも教えてくれました。

この本で感動したところを紹介していきます。ゲーテの「ファウスト」、「若きウェルテルの悩み」を読みたくなった。

①「夕日はビルの向こうに落ち、外の風は案の定冷たい。雲までが凍えているが、その冷たさが苦にはならない。むしろもっと冷たくなればいいとさえ思った。いつの頃からか、好運は苦難の末に巡り合うものと思う癖が身についていた。」阿刀田高「夜の旅人」p10ぼくも同じような考えを持っている。好運の後には苦難がある。そして、どちらもないと人生を楽しむことはできない。嫌なことがあるから幸せを感じることができる。嫌なことは楽しいことを際立たせてくれる調味料だ。いいことばかり起こる人なんているのだろうか。その人の捉え方なのだろうか。楽しいことばかりでは人生は楽しくないのか。
AIに聞いてみた。(脳は差分でしか喜びを感じることができない。喉がカラカラの時に飲むいっぱいの水が最高に美味しいのは、直前の乾きがあるからである)その通りだと思った。ではその乾きすらも次の喜びのためにあるから、嫌なことではないと捉えることをしてしまったら、喜びの高さは低くなってしまうのではないか。そうだとすると、悲しいことがあった時に、無理やり「この苦難は自分のために必要なことだ」と納得せずに、とことん悲しんだ方が人生の幅が広がるのかもしれない。

②「それがただのぐうぜんなのか、それとも粉川の卓越した才能だったのか、わからない。ただそういう人間として彼の一生が存在した、としか言いようがないのである。幼い頃から多分、天与の成功としてプラクティカルな思考を好むタイプであったことは疑いないし、それは彼の一生を通しての特徴でもある。目標と、それに近づく手段とが早くから直結していたという意味において、彼は効率の良い人生を歩んだ。私もまた奇妙にプラクティカルな思考を好む少年であったが、とても目標と結果とが最短の距離で繋がっていたとは言い難い」p25

ぼくも目標と結果が最短距離では繋がっていない。その時その時の環境をどうにか活かし切って、ましな道に戻している感覚だ。
今も夢と仕事は直結していない。だが、作者はそのことを回り道と言っているのではない。なぜなら、粉川もゲーテ蒐集のために事業を経営し、ゲーテの本を買う資金を調達していたからだ。目標と結果が直結することが羨ましいが、そんなにうまく行くことはなかなかないと思う。回り道をする方が面白いという考えもある。
ぼくは回り道をする方が好きだ。なんでも簡単に上手くいってしまっては面白くない。それは、笑いに裏切りが必要であるように。だからぼくはいつも人がやらなそうなことをやりたがる性格である。大阪で出会った女性も人と違うことをしたいと考え、医者を目指してロシアの医学部に進学した。ロシアでは日本語学校の講師のバイトや観光客にガイドをするなどのバイトをして学費を稼いでいたとのことだ。今は弁護士になりたいと考え、ロシアの大学を休学して、予備校に通って司法試験の勉強をしていると言っていた。その話を聞いてとても面白いと感じた。紆余曲折がある話の方がぼくは好きだ。好きなら自分もすればいい。自分がやりたいと思ったことをすぐにやる行動力をいつまでも身につけていたい。

③「人間の心理には早い時期から他罰主義と自罰主義と二つの傾向が備わっているものだという。悪しき事態に遭遇して、他人を責めるか、自分を戒めるか。粉川は一生を通じて顕著な自罰主義者であった」p33ぼくも自罰主義のつもりである。嫌なことがあった時、なんでも自分のせいだと思っている。相手を変えることは極めて難しいので自分が変わるしかない。自分は変化しやすい人間だと認識している。会社で心を病んでしまった人がいるという話を聞くが、ぼくは絶対に自分の心は壊れないと思っている。嫌な上司はすでにいるが、自分の行動次第で変えていけると思っている。他罰主義というか原因は全て自分の行動によるものだと思っている。好きな人に振られたのも自分のせいだし、自分のおかげでもある。ぼくの心を壊せるものなら壊してほしい。やってみやがれ。昨日会社で「君が何ができるのかわからない。それは上司から引き継がれていないからだ」と言われたが、「いえ、私の報告が足りなかったからです」とはっきりということができた。単純に教えてくれた人のことを悪く言われるのが気持ちが悪かった。自分のために言っているだけなのだ。ぼくは結局自分のための行動しかしていないから、原因も全て自分にあると思うことができる。人のために行動することができる人の方が、心を痛める危険を孕んでいるのだろう。

④「何者かが漆黒の天より來て甘美な平和を自分の胸にも満たしてくれるのではあるまいか。しかし夜空は万世の星屑を燦かすばかりで、何も答えてはくれない。僥倖は望むべくものではない。道は自分で拓くより他にない」p48なんて綺麗な文章なのだろう。B’zの「野生のエナジー」という曲が頭に浮かんだ。どこからか青い鳥飛んでくること思いながら窓を開けてる。何も起こらない。たった一人だった。自分で行動しないと自分が望んでいる事は叶いにくい。行動さえ起こせばば、道は開けてゆく。ぼくも大学院に進学した頃から、行動力が爆発した。それまでの自分とは別人のように自分でも感じた。その分、他人を思いやる気持ちは少なくなってしまった。そのことで後悔を感じる出来事があり、前よりも両親のことを思いやるようになった。人間一人では生きていけないから、他人を思いやる気持ちを忘れてしまったら寂しい人生になってしまう。そのことで母とバーで話した時に心に沁みる言葉があった。それは「一人を楽しむ生き方はあるが、その人が周りから親しまれるかどうかはわからない。一人の生き方に集中して、自分が楽しいのはいいことだが、気づいた時に周りから尊敬されていなかった時にあなたはどう感じるか考えてみて」と言われた。その通りだと思った。ぼくには二人の祖母がいる、一方は一人旅やコーラスなど行動力があり、自分一人でも人生を充実させていた。その分、祖父を一人にしたり、周りを巻き込んで疲れさせてしまうことがあった。周りからの信頼はすごく厚くはなかった。もう一人の祖母は、待っている人で自分から周りを巻き込んだり、一人で行動する人ではない。その分周りに助けられたり、周りの人が手を差し伸べてあげたくなるような人格を備えている。ぼくはどちらになりたいのだろう。自分のことだけを考えたら、やりたいことだけをやっていた方が死ぬ時に満足していられるような気もする。だが、周りからの信頼も欲しい。欲張りなのだ。だから、やはり中庸なのだ。自分のやりたいことにも熱中しながら、周りの子にも気を配る必要がある。このことに気づくことができたのは自分の成長につながると思った。

⑤「ただ一人、村の暴れん坊で通っている男が「若いうちにやりたいことをやらないと後悔するぞ」と言ったのが心に残った。それなら俺一人でやってみせる。甚六の中に隠れていた、気象の激しい部分がようやく首を持ち上げた。男児、志を立て郷関を出ず。学もし成らざれば死すとも帰らじなどという、若者好みの名文句が胸に去来する。煩悶は一昼夜で結論に達した。俺は好き勝手の道を選ぶんだ。余程の覚悟がなければゲーテ図書館などが作れるはずがない。よし、誰の援助も受けずに自分の力だけでやってみよう。なにか目算があって、そう思ったのではなかった。何も目算がないからこそ、かえって自分の気持ちだけはしっかりと持たなければならない。叩けば音がするほど、肩肘も意地も張り詰めていた」p67かっこいい。自分も大学院に進学する際に、父親に「自分で学費を納めるから進学を許して欲しい」と回転寿司やで頼み込んだ。その時から自分で積極的に人生を生きていくことができるようになった気がする。内定が決まっていた会社に納得することができなかったし、まだ自分のやりたいことがわからずにいた。好きなことをやり切ることができていなかった。だからぼくはお金で時間を買うことにした。自分でバイトをして辛い思いをして、学費を稼ごうと思っていたのだが、給付型奨学金をもらうことが決まり、生ぬるい大学院の生活になってしまった。神様はどこまでもぼくを甘やかしたいのだろう。今の職場でもそうだ。自分で動かなければならない。

⑥「粉川は自分の心を鼓舞するために数場の誓いを立てた。一、すべて独力でやる。いかなる事情あるも他から経済的援助は受けない。覚悟をもっと決めなければならない」p67

ぼくも夢を追うために心を鼓舞するために誓いを立てたいと思った。1、思いやりの心を持つ。2、時間を無駄にしない。3、嘘をつかない。4、継続する。5、目的を意識する。6、この一年で1円も稼ぐことができなければやり方をガラッと変える必要がある。お金を稼ぐことができなくても続けてしまえるのが良くない。

⑦「狭い道でゆずれ、広い道で急げ。人生も同じことよ。道が狭い時には人に譲ってやればいいんだ。その代わり道が広くなったら、どんどん走ればいい。その方が人と争わなくて済むし、結局は早くつく。」p74この言葉はまだぼくには理解することができない。この場面にまだ遭遇した経験がない。まず、人と争った経験がない。中学生の時のバレーのスタメンの奪い合いの時くらいだったと思う。その時は譲った。狭いん道というのが生きていて感じたことがない。これから出会う経験なのかもしれない。その時にこの言葉を思い出すことができればいいと思う。Kの考え方を見習おう。

⑧「商売がうまくいかなくて、ヤンなっちゃった時も、新しい民謡を覚えると、わざわざ来た甲斐があったような気がする。あんたもするといいよ。商売だけじゃいやんなっちゃうよ。俺が好きなのはゲーテ、そう思ったら良い知恵が浮かんだ。そうか俺は行く先々でゲーテを探せばいいんだ。忙しさのあまり昨今は本屋巡りもままならない。ゲーテの本なんか田舎にはあるまいと天から思い込んでいた。だが、そうとばかりは言えないぞ。ゲーテはどこにかくれているかわからない。むしろ無駄足を嘆く場合の方がはるかに多い。そんな時でも思いがけないゲーテに巡り会えれば、疲労も吹き飛んでしまう。足の重い旅でも、もしかしたら珍しいゲーテを発見するかもしれないと考えれば元気が湧いてくる」p96

仕事の中で自分が楽しめることを見つけることは非常に大事だと思う。ぼくは本、図書館、喫茶店、ラーメン屋さんが好きだ。全国各地でいいお店を見つけたい。今の仕事では宮城県県内の様々な土地と触れ合うことが多い。その時にマップを広げて周辺にあるお店を探せばいい。地名を覚えるのだって楽しいと思う。明日からやってみたいと思う。

⑨「そんなことはあるまい。お前にだって諦念はある。りっぱにある。ゲーテを棒読みするんじゃなくて、いつも自分との対比で読まなければいけない。お前は若い頃からゲーテ図書館を作ることを考え、そのために酒もタバコも、その他の楽しみも自ら遠ざけて生きている。それが諦念なんだ。定年というのはな、全ての行動を諦めて止めてしまうことではない。もっと積極的なものだ。心の中のいろいろな雑念をとりさり、可能な限り純粋なものとして一時に集中できる精神を作り出すことだ」p156

ぼくにとっての諦念は、読書の時間を確保するために家にWi-Fiを置かないようにしていることだ。それによって、スマホを見る時間が格段に減った。アニメやSNSを見ているとあっという間に通信制限がかかり、見ることができなくなってしまうのだ。だがそれがいい。もう一つ、イヤホンを買わないことにしている。イヤホンを買ってしまうと、移動している時に音楽を聴いてしまう。すると読書に集中することができなくなってしまう。イヤホンがなければ公共交通機関で聴くことができないので、読書に集中することができるようになった。もっと読書の時間を捻出する方法はないだろうか。シャワーを浴びている時間に言語学習ができたらいいな。お風呂でも文字を書くことができるようにしたい。あと無駄にしている時間と言ったら歩いている時間しかない。1日の時間が足りない。当直の時もすぐにご飯を食べて、トイレで読書をすればいいんだ。仕事をしている限り、満足する読書の時間を取ることができないのではないか。以前は喫茶店で本を読むだけだったが、いつの間にか文章を書くことができるようになってきた。ブログの記事を作ることが簡単になってきた。だが、この文章が読んでくれた人のためになっているのか、読みやすい文章なのかはわからない。

⑩「会社が大きくなって、その後で急に図書館を建てるとか、そんなことは他の人が誰でもやっていることだわ。お金さえあれば、それで簡単にできるようなことなら、わざわざあなたが一生を賭けることもないわ。子供を育てる時だって、毎日毎日面倒を見てあげなきゃ、いい子に育たないでしょ。何年も子供を放っておいて、お金ができたから今度は教育をしてやろうと思ったってダメじゃないですか。ゲーテ図書館も毎日毎日育てなくちゃ。中身は一朝一夕で充実したものにはならないのと違いますか。どこかのお金持ちがやるようなこと、私、嫌いです」p169

他の人がやっているようなやり方でやっても仕方がない。自分らしさを出す必要がある。電力会社勤務。珍しいことを組み合わせていく。健康ランドが好きだというのも若者の中では珍しいことなのかもしれない。それならば若者が集まる場所にそれを放てば新しい情報を提供することができる。若者で読書が好きだというところも生かさないといけない。若者がやらないことをやって、若者が集まる場所に投下する。どんどん頭を使って工夫していかないとなんの成果も得ることはできない。「ゲーテ資料が男児一生の仕事にふさわしいかどうかが問題なのではなく、一緒の仕事にふさわしいほど起きなものにすればそれでいいんだ。初心に返り、さらに自分を大きく育てよう。人間死んだ気になればなんでもできる」このような気概がなくても今自分は行動することができている。完全に人生を捧げるものを見つけることができたからである。これ以上自分が熱中するものは見つけられないと思っている。だったらそれにいくらでも時間をかけることができるはずだ。寝る暇も惜しんで熱中することができるはずだ。どんどんと書くことが薄くなっているように自分で感じる。この文章に感動したいるはずなのに、もう聴いたことがあるよと思ってしまう。もうやる気がある状態が習慣化されてしまって刺激が足りなくなっているのだ。だが、釜山に友人と行ったことでまた旅に出たいと思うようになった。やはり何が怒るかわからない環境に自分の身を投じるのが楽しくてたまらない。いい文章を書きたい。他が心の内側から出てくるものがあまりない。まだ人生経験が足りないようだ。小数を書いてみたいがなかなかきっかけを掴むことができずにいる。どうしたものだろう。とにかくよ本を読んで感じたことを書いていきたいと思う。自分の気持ちはすぐに変化する。友人に面白い本の話がしたい。そのためには本の内容を簡潔に面白く伝える必要がある。この記事の最後にも人に教えてあげるようなあらすじをもまとめたいと思う。そして何か質問をぶつけたい。この本の主人公はこのように行動したがあなたならどのような行動をするかというものだ。粉川はゲーテの本を集めることを人生を捧げて行ったが、もしあなたが一つのジャンルを極めるとしたら何に熱中するだろうか。など。ぼくは本。お笑い。B’zだ。何を失うのが一番辛いのか。「それからの粉川はさらに精力的に動き回った。三十七歳。肉体的にも精神的にも、最もこうした活動に相応しい年齢に差し掛かっていた。迷いが吹っ切れると、以前にもましてゲーテへの情熱が心の中に燃え立ってくる」p180素晴らしい三十七歳になってもこれだけの情熱を捧げることができるなんて。ぼくは三十歳までが全力で動くことができる年齢だと思い込んでいる。その頃になれば家庭を持って、自分以外のことに力を注ぎたいと思っている。だから、少し焦りのようなものも感じている。一年間がどんどんとあっという間に感じてる。何か目標を立てて毎日を過ごさなければ、サラサラと何も残さずに時が流れていってしまうと思う。ぼくが三十七歳になった時には何に夢中になっていられるのだろうか。その時まで文章を書くことを続けていれば何かしら結果がもたらされているだろうか。自分の将来がとても楽しみである。幾つになっても魂を燃やし続けることはできるようだ。「四時間半の睡眠時間を四時間に減らし、生活のスケジュールをもう一度調べ直してみた。時間を捻出しては自転車をかって探書の作業に励んだ」かっこいい。自分もそういうふうになりたい。今は毎日七時間は寝るようにしなければと思っている。寝すぎなんだろうか。もっと読書に時間を使うことができるのかもしれない。寝なければ健康によくないという先入観がぼくを狭い世界に閉じ込めている。やりたいことがあれば、睡眠時間を削ってでもやったほうがいい。人生において回り道がしたいか、それとも望んでいる結果に向かって一直線で駆け上りたいのか。この本を読んでいると目が覚めてくる。粉川が四時間睡眠でいいならぼくもできるはずだと思ってきた。「先生、敵は私が討ちます。粉川は空に向かって呻いた。生涯にこの夜ほど激しい怒りを覚えた時はなかった」p208粉川は尊敬していた師匠を精神的に追い込んだ者たちに対して、凄まじい憤りを感じた。ぼくには尊敬している師匠のような人はいない。高校でも大学でも尊敬する先生を得ることが叶わなかった。自分の当時の人嫌いや勉強に対する姿勢も悪かったからであると思う。だから、自分一人で学ぼうとする時間が多くなり、友人と議論しあったり、読書をすることで自分の悩みを解決してきた。そんな経験から読書が大好きになった。本の中には尊敬する師匠がいくらでも見つけることができる。最初はホリエモンだった。彼の行動力に憧れた。最初の頃ぼくは自己啓発本にハマっていた。そして、本屋さんで歴史小説家のエッセイが目に止まり、表紙に自己啓発本と歴史小説は相乗効果で自分の身にいいエッセンスを取り込むことができるとかいてあった。そこから歴史小説を読むようになり、司馬遼太郎の「世に棲む日々」にはまった。吉田松陰や高杉晋作に憧れた。またしても彼らの行動力に惹き寄せられた。そこで自分の座右の銘でもある「おもしろきことも無き世をおもしろく」という文章にも出会うことができた。のちに会社の代表の一言で人前でこの言葉を話すことができたのがとても嬉しい経験になった。だから、ぼくが教師を殺されても憤りを感じることはない。夜に怒りでどうしようも亡くなった時もない。ぼくはポーカーフェイスだとよく言われる。好きな人には「君は喜怒哀楽の喜しかないようだね」と言われたことがある。上司が会社ではポーカーフェイスだと損をするよと教えてもらった。自分が困っていても、周りから見ると別に困っているように見えて、誰も助けてくれないからだといっていた。その通りだと思った。その時から、自分の顔の表情を治すことは難しいので、独り言でもなんじゃこりゃとかどうすればいいんだろうと口にするようになった。瞬く間に歳月が流れ、いつもと変わらぬ秋がやって来た。自然は人の世の哀歓に関わりなく同じように花を咲かせ花を散らせて去っていく。p209全くその通りだ。今年も桜が咲いて散っていく。好きなひととお花見に行きたかったが、かなわなかった。彼女とは桜が大好きだという話で盛り上がった。だが彼女は金木犀が一番好きな花だと言ってた。金木犀はぼくの誕生花だったので勝手に幸せを感じていた。金木犀よありがとう。時が過ぎるのが本当に早く感じる。頼むからもっとゆっくりと過ぎ去っていってくれ。もっと今の自分を味わいたいんだ。「小川の日課は一年三百六十五日ほとんど変わることがない。5時に起床。6時まで体操とビルの前の掃除に費やす。食事をすまし会館の準備を整え、8時半に開館。一時まで文献の整理その他の事務を行う。昼食ののち2時より8時まで引き続いて文献の整理と事務。面会人があればこの時間を利用する。ゆっくりと夕食をとり、11時半までまた整理と事務、そして書き物。そののち体操して入浴。就寝は1時」p240かっちりと時間が決めれている生活がかっこいいと思う。今のぼくの生活リズムを記す。7時起床。8時半に出社。その間、30分間の読書と30分間の散歩。12時まで業務に勤しみ、13時まで休憩。その間、30分の読書。そこから17時半まで業務。そして、18時15分に喫茶店に到着。21時まで読書。書き物中心。そして帰宅、30分の読書と30分の散歩。家に22時に到着し、入浴、食事で23時。そこから娯楽をして、12時に就寝。この内容だと七時間の睡眠。四時間の読書と一時間の散歩だ。これでも十分に充実しているのだが、読書の時間をもっと取りたい。すると散歩の時間に読書をする、寝る時間を減らして読書の時間にする、仕事を辞めて読書をするという選択肢しかない。会社を辞めるとお金がもらえなくなるから無しで、歩きながらの読書は危険であるしそこまでの時間の増加も期待できない。すると、娯楽をなくして、睡眠時間を減らすしかない。娯楽の時間を30分減らして、睡眠時間を六時間、一時間減らすことで、読書の時間は五時間になる。これならば十分なのではないか。仕事をしていない大学生の時でも五時間は読書をしていなかったと思う。昼過ぎに起きて、15時近くに図書館に行き、20時頃までダラダラしていた。だから会社に入っているからと言って、読書の時間が削れているわけではない。会社の業務は読書の効果を発揮し、読書のためのいい気分転換になっているのだ。会社にいる時間が無駄だとは決して思ってはいけない。これが残業時間が三時間とかになると話は変わってくる。三時間残業になったら、読書が二時間しかできなくなってしまう。それに耐えることができるだろうか。その時は土日に友人と会う約束を減らして、その分の時間を読書に当てるしかなくなってくると思う。もう一つ方法があった。食事をファストフード店に行って10分で済ませればいい。あと入浴時間を減らす。考えてみるといくらでも工夫できることに気づいた。「午後は散策に出かける。雲を見ながら牢屋は何を思うのだろうか。思い浮かぶことはさまざまだ。父のこと母のこと、故郷のこと、少年の頃のこと、木村先生のこと。原田芳人のこと。ゲーテ図書館の設立のために好意を寄せてくれた大勢の故人たち。ゆきずりに出会ったなもない人たち」「書物に埋もれて過ごしているのだ。ろくに食事も取らず、夜も眠らず、夜となく昼となく、書物のことばかり考えつめていた。自分の持ち金、財産、感情を、洗いざらい書物のために捧げ尽くした」p247かっこいい。顔のこと左右差のことを考えている場合ではない。そんなことを考えてもしょうがない。骨を削る覚悟があるのか、三ヶ月に一回奇形児を作る覚悟を持って注射を打つのか。注射だったらできるから一回試して見る価値はある。とにかく生活習慣から直していく必要がある。これが俺の人生。ちゃんと彼女ができたことがあるから大丈夫だ自信を持て。そんなことよりも読書に人生を捧げよ。余計なことを考えている時間はない。せっかくの休日の時間を無駄にするな。

粉川の自戒

総て実力でなせ。他からの経済的援助は受けるな。自由を守るために人の世話になるな。私財の保持を許さず。娯楽を去れ。自己育成は事業を通してなせ。行動は太陽の如く堂々と独り行け。死の直前まで働け。勝負は生涯になさず二十一世紀に任せよ。

特に行動は太陽の如く堂々と独り行け。という戒律が素晴らしい。人に見られても恥ずかしくない行動をしたいとは思うが、この言葉の雰囲気だと、人に見られているかどうかは全く気にしていないようだ。太陽の如くという比喩はぼくの想像力では出てこない。しかしとてもかっこいい。この言葉を自分も大切して、自分の行動を律していきたいと思った。

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