坂口安吾 恋愛論を読んだ

こんばんは。けんちゃんです。

今回は、坂口安吾の恋愛論を読みました。

自分が今、恋愛について悩んでいるので、青空文庫で恋愛と検索しました。

そこで、この本と出会いました。

文体がとても読みやすく、考えもすごく共感できることがありました。

感想を書いていきたいと思います。

感動した文

  • 教訓には二つあって、先人がそのために失敗したから後人はそれをしてはならぬ、という意味のものと、先人はそのために失敗し後人も失敗するに決まっているが、さればといって、だからするなとはいえない性質のものと二つである。恋愛は後者に属するもので、所詮幻であり、永遠の恋などは嘘の骨頂だとわかっていても、それをするなmと言い得ない性質のものである。
  • ただ、われわれは、めいめいが、めいめいの人生を、せい一ぱいに生きることで、それをもって自らだけの真実を悲しく誇り、いたわらなければならないだけだ。

まさにその通りだと思いました。今まで、教訓が大きく二つに分けるという考えはありませんでした。ですが、この文章を読んで、自分も無意識のうちにそういった分類をしていたと感じました。

自分は受験で失敗しましたが、もし、自分に子供ができた時に、絶対に受験に失敗してはいけないと言えません。

自分は大学生の時に、毎日を、意義のある、溌剌としたものにできず、寝てばかり、アニメを観てばかりで過ごしていましたが、絶対にそうしてはいけないと言い切れません。

それは、そう行った時間があって、今の自分があり、堕落していた時期(当時は本気で思っていた。)も必要な時間であったと思えているからです。

私は、今、自分の暮らしが幸せだと感じることができているから、肯定できるのかも知れません。

もし、今の自分が不幸だと感じるならば、絶対にしてはいけないと、言うようになるのかも知れません。

前者の教訓はあるのでしょうか、なかなか、今の自分では思いつきません。

私は楽天家のかも知れない。自分の子供に、自信を持って、何をしてはいけないと言うことができるのでしょうか。

寝坊だ。遅刻だ。これをして、いいことは何もなかったかも知れない。

友人を失い、親からの信頼を失い、先生たちや同級生からは軽蔑され、恋人には愛想を尽かされました。これだ。

私は、せい一ぱいという言葉が大好きである。精一杯、精いっぱい、一生懸命などの書き方は見たことがあったが、せい一ぱいという書き方は初めて見た。この書き方だと、素朴で愚直な努力という印象を感じた。

堕落とか、諦めという雰囲気を文章から感じることができるが、後ろ向きな意味ではないように感じる。

自分の立ち位置を見つめながら、嫌なことがあっても、それを認めて、さらに人生をより良いものにしようという意気込みを感じる。

自分の思い通りになることばかりではない。(結局自分が思った通りになっているとも考えているが。)だからと言って、無駄なことではない。

その経験から、優しく人に接することができるようになることもある。

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