こんばんは。けんちゃんです。
今回は、萩原朔太郎 月の詩情を読みました。
作者の、朔、という字からも、月のイメージがあり、読んでいると夜空に大きな月が白く輝いている風景が湧いて来ました。(朔月は、地球から見て月と太陽が同じ方向にあり、月が全く見えない状態を表しているのだが。)
とにかく、月に対して、特別な感情をもっているように感じました。(代表作も月に吠えるであった。)
文章は難しい漢字もたくさんありますが、とても読みやすく感じました。
感動したところ
- 飛んで火に焼かれる虫の心理は、おそらく彼等が恋愛の高潮に達したときや、音楽の魅力が絶頂に高まった時やの、あのやるせない心の焦燥。何物か認識できない、或るメタフィジック(形而上:形を超えたもの。例:精神、概念、心理。。)な実在の世界に、身も心も投げ捨ててしまいたいと思ふ時の、それとほとんどよく酷似したものであろう。
- おそらく多くの動物は、美しく燃える日の中に、彼等の生命の起源であるところの、実在の故郷を感じているに違いない。それは全ての動物に共通する、生命本来の最も原始的な神秘に属している。そして詩や音楽やの芸術は、原始的な生命の秘密を、経験以前の純粋記憶から表象して、人の本能的なる感性や情緒にうったへかけるものなのである。(夢は原始から始まる人の記憶が映し出されるもの。本当に深い眠りの時は、自分で夢はコントロールすることができない)
自分が感じたこと
私は友人とクワガタ獲りをした時に、彼等がライトを月の光と勘違いして、寄ってき、それをわれわれが捕まえるという方法が主流であることを知った。(走行性というものがあり、月の光を頼りにして遠くまで真っ直ぐ飛ぼうとする。人間のような大きな動物と違い、常に一定の重力によって上下を正確に判断することができない。そのため。太陽や月がある,空の明るい方向を上だと認識するように進化した。)
(潮汐リズム:月の引力の影響で、満潮と干潮のサイクルがおき、海岸や海中の生物の行動が制御される現象である。)
その、光に寄ってくるという心情を想像するに、自分たちを成長させてくれた、月の光を、親のように感じて、親に会いに来ているのだろうと感じた。
それは親だけでなく、恋人や友人なのかも知れないが、やすらぎのためにそれに近づいてきているように感じた。
そんな彼等の気持ちを踏み躙って捕まえてしまうのは、傲慢であり、とても可愛そうにも感じた。
